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新渡戸稲造博士が食したメニュー
新渡戸稲造博士のヨーロッパ滞欧時代の19世紀末から20世紀初頭は、ベル・エポックの時代と言われています。ベル・エポックとは、フランス語で「良き時代」の意味で、パリも繁栄した華やかな時代の総称です。
又 第2のルネッサンスとも言われています。
当時フランスで活躍した絵画では、クロード・モネ、ギュスターヴ・クールベやテオドール・ルソー、音楽ではカミーユ・サン=サーンス、シャルル・グノー、文学では、ギ・ド・モーパッサン、ポール・マリー・ヴェルレーヌなど数え切れないほどベル・エポックの時代は多くの芸術家を輩出しております。
当時 ヨーロッパにおいて、原 敬の郷土出身者で外務省時代の後輩達が、きら星のごとくヨーロッパ各地に輝いている華やかな時代でもありました。
1927年・1932年・1933年と新渡戸稲造博士が、多賀でお食事をなされたメニューが残っておりました。
その残されたメニューの1つを、「新渡戸コース」と命名しております。
このメニューは、細川睦夫が、新渡戸博士とヨーロッパにいた1920年代ベル・エポックという時代を背景にした「良き時代」を彷彿させる想いが込められ、歴史と青春の思い出が凝縮されたメニューであります。
この様に 公会堂多賀は、1927年パリから直輸入の細川睦夫のフランス料理と、新渡戸稲造博士と共に昭和のスタートを切ったと言っても過言ではありません。
 公会堂正面玄関にて撮影

海の幸のブイヤベース・マルセレーズ
スープ仕立ての魚料理です。
魚は、鯛・タラ・アイナメ・スズキ・帆立等です。
スープの赤いのは、サフランの色です。
新渡戸稲造博士歓迎夕食会のメニューは、いつもオードブルなしのブイヤベースから始まっています。
ポワソン ポワシェ カーディナル(エビ風味ソース)
海老を白ワインで蒸し、ソースは海老の赤い殻を潰して作ります。
この料理の付け合せ バターライスがソースにピッタリと良くあいます。
ソースカーディナルとバターライスのマリアージュは、絶品です。
和牛ヒレ肉のポアレ
ヒレ肉をタコ糸で結んで鍋に入れて転がしながら、セロリや人参などの野菜をひいて一緒に蒸します。
もともと、ヒレ肉は脂っけがありませんが、さらに脂の抜けたさっぱりした肉料理になります。
シャンピニヨン・ア・ラ・クレーム(きのこクリーム煮)
きのこをクリームで煮た料理です。
ピーチメルバ
アイスクリームとピーチを盛り合わせ、イチゴジャムをアイスクリームの上にかけたデザートです。
コーヒー
パン・バター
ピーチメルバ誕生の逸話
「ピ−チメルバ」はロンドンのサヴォイ・ホテルにて、その腕を揮っていたフランスが世界に誇る偉大な料理人 オーギュスト・エスコフィエが、当時一世を風靡していたオーストラリアのオペラ歌手ネリー・メルバのロンドン公演に感激し、ネリー・メルバの為に考案したデザートと言われています。
私の大叔父 細川 睦夫が、このディナーの為に選んだデザート「ピーチメルバ」は、新渡戸稲造博士のドイツ留学時代と国際連盟事務次長時代を通して、ネリー・メルバというオペラ歌手が活躍し、新渡戸稲造博士は、歌姫メルバの歌を日々耳にしていたことは充分考えられます。
ヨーロッパの良き時代と言われたベル エポック時代を象徴し、当時を思い起こさせるデザートメニューであると思います。
☆公会堂多賀80年、この歴史ある店内の中にベル エポックと言われたヨーロッパの良き時代を象徴し、彷彿させた「新渡戸稲造博士思い出のメニュー」は、先人達や先代 細川 睦夫の思いが、凝縮されているメニューと言っても過言ではありません。
料理の帝王 オーギュスト・エスコフィエは、「メニューというのは、詩歌である」という名言を残しております。まさにメニューは詩歌であり、料理一品一品にドラマを感じます。皆様も時代の背景・情景を思い巡らせながら、ディナーを頂いくのも、また違ったディナーの楽しみ方ではないでしょうか?
お蔭様で、このメニューは、多くの皆様に熱いご支持をうけております。
今 なお これからもお勧めして行きたいディナーです。
国の紙幣に肖像で登場
新渡戸稲造博士とネリー・メルバは偶然にもどちらも国の紙幣に肖像で登場しております。
新渡戸稲造博士は日本の旧5千円札、ネリー・メルバはオーストラリアの100ドル紙幣となっておりまして、紙幣の肖像になるということはなかなか無いことだと思いますので、そんな偶然も意味があるようで楽しいですね。
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